Shure Incorporatedの歴史

無線機部品の小さな卸売業者としての1925年の創業から、オーディオ・エレクトロニクスにおける世界的なリーダーとしての地位を築き上げた現在に至るまで、Shure製品の活躍はあらゆるオーディオ・シーンに広がり、数々の実績を上げ続けています。 以下では、その概要についてご紹介します。

 

1925
4月25日、Sidney N. ShureがShure Radio Companyを設立。従業員1名の個人経営会社として、工場製造による無線機製品が市販される以前に、無線機部品キットを販売。 シカゴ中心部のサウス・ウェルズ街19番地に事業所を置く。


1926
米国内のわずかな無線機部品カタログ6誌の1つとして、ダイレクト・メールの無線機部品カタログを発行。


1928
従業員数が75名を超えるまでに成長。 Sidney N. Shureの弟であるSamuel J. Shureが入社。 Shure Radio CompanyからShure Brothers Companyへと社名を変更し、より広い敷地を構えた、シカゴのウェスト・マディソン街335番地に移転。


1929
大恐慌による不景気が全米に拡大。工場製造による無線機製品の市場投入により、無線機部品キットの需要が低下。従業員数の大幅な削減を実施し、 小規模なマイクロホン・メーカーの専属販売代理店となる。

1930
Samuel J. Shureは社を去り、大学での専攻である暖房/空調工学のキャリアを求めて、ミズーリ州セントルイスの大手企業に入社。

1931
若きエンジニア、Ralph Gloverの指導のもとで、マイクロホンの自社開発に着手。


1932
モデル33N 2ボタン・カーボン・マイクロホンを発売し、米国でわずか4社のマイクロホン・メーカーの1社となる。同マイクロホンは、大型で高価な機器が大半を占める市場に投入された、業界初の軽量かつ高性能な製品であった。


1933
当社初のコンデンサ・マイクロホン、モデル40Dを発売。


1935
当社初のクリスタル・マイクロホン、モデル70を発売。

1936
スタイリッシュかつ実用的な、マイクロホン用のサスペンション・ショック・マウントで、当社初の特許を取得。


1939
シングル・エレメントを採用した業界初の単一指向性マイクロホン、モデル55 Unidyneマイクロホンを発売。その高品質な性能と個性的な外観により、「世界で最も認められたマイクロホン」としての最高の評価を獲得。また、シングル・エレメント設計により、小型化と低価格化が実現し、マイクロホンが普及したことも大きな成果であった。 (55SH、右図)


1941
第二次世界大戦中の、米国軍へのマイクロホン提供契約を締結。

 

1942
T-17Bマイクロホンが、米国陸海軍で最も広く使用される。同マイクロホンには、戦車内での使用時の過熱を防ぎ、戦時中に不足する金属の節約につながるプラスチック製の外装を開発。

(T-17、右図)


1942-1944
軍事用として、T-30スロート・マイクロホン、HS-33/HS-38ヘッドセット・マイクロホン、酸素マスク用M-CIマイクロホン、バトル・アナウンス・マイクロホンを製造。T-30マイクロホンの使用により、航空機内の騒音の中でも爆撃隊員は意思疎通が可能に。すべてのShureマイクロホンの信頼性の基準には、厳重な軍用規格(MILSPEC)を採用。


1946
Philco社、RCA社、Emerson社、Magnavox社、Admiral社、Motorola社などの大手蓄音機メーカーにカートリッジを提供する、米国最大のフォノ・カートリッジ・メーカーとなる。

 

1946
Shure Brothers CompanyからShure Brothers Incorporatedへと社名を変更。


1948
LPレコードと78回転SPレコードの両方を再生可能な、業界初のフォノ・カートリッジを発売。


1951
世界に名高いUnidyne 55のさらなる小型化を実現した、Unidyne 55Sを発売。


1952
当社初のリボン・マイクロホン、モデル300を発売。

 

1953
業界初のワイヤレス・マイクロホン・システム、Vagabondを発売。同システムは2個の補聴器用電池で動作し、約200平方メートルの「パフォーマンス・サークル」における通信が可能

(Vagabond 88、右図)


1954
トーン・アームとフォノ・カートリッジを1つに組み合わせた、M12ダイネティック・フォノ・リプロデューサを発売。わずか1グラムの針圧を実現し、新たな業界スタンダードを打ち立てる。


1955
スピーカとしての機能も備える、業界初の通話用携帯マイクロホンを発売。


1956
シカゴ中心部から、イリノイ州エバンストンの新本社に移転。


1958
M3Dフォノ・カートリッジが、ステレオ・レコーディングの性能基準を満たす世界初のカートリッジとしての成功を収める。


1959
マイクロホンの側面ではなく、先端に向けて声を発して使用する(「エンド・ファイア」)、業界初の高品位な単一指向性マイクロホンである、Unidyne IIIマイクロホンを発売。同製品はSM57の旧モデルにあたる。


1964
かつてない最高クラスの品質を備えたフォノ・カートリッジの1つである、Shure V-15ステレオ・ダイネティック・カートリッジを発売。同製品には、垂直トラッキング角度が15度、左右対称設計のバイラジアル楕円針を採用。

 

1965
優れた耐久性と高い信頼性を誇る、
SM57ダイナミック型マイクロホンを発売。同製品は、ジョンソン大統領以来のすべての大統領を支え続けた実績のあるマイクロホンとして、大統領演説の場で現在も活躍を続けている。


1966
コンピュータによって設計された業界初のフォノ・カートリッジである、優れたトラッカビリティを備えたV15タイプIIを発売。


1966
数多くのロック・ミュージシャンが、高い耐久性/信頼性と優れた音質の両立を実現したShure SM58 (「SM」は「スタジオ・マイクロホン」の略)を採用。その発売から間もない期間で、ライブ・パフォーマンスに最適なボーカル・マイクロホンとしての業界スタンダードの地位を確立したSM58は、今もなお定番のボーカル・マイクロホンとして世界中で愛され続けている。 (SM57, SM58, 右図)


1967
ミキサ、パワー・アンプ、スピーカを付属する、業界初の「携帯型トータル・サウンド・システム」、ボーカル・マスターを発売。


1968
遠隔地での放送用途に最適なM67ポータブル・ミキサを発売。収録現場からのライブ放送を実現。


1973
極めて均一な周波数特性を備えたV15タイプIIIフォノ・カートリッジが、絶大な賞賛を獲得。(V15、右図)


1976
世界最小のダイナミック型ラベリア・マイクロホン、SM11を発売。


1978
スタジオ・クオリティ・サウンドの再現性と、ライブ・パフォーマンスに求められる耐久性/信頼性の両立を業界初で実現したコンデンサ型マイクロホンである、SM81を発売。


1981
Sidney N. Shureが取締役会長(Chairman of the Board)に就任。オペレーション副社長(Executive Vice President, Operations)のJames Kogenが、取締役社長兼ゼネラル・マネージャー(President and General Manager)に昇格。


1982
シカゴ郊外のイリノイ州ウィーリングに製造施設を開設。


1983
「その時代で最も大きな革命を起こした屋外中継用ミキサ」としての賞賛を受ける、FP31ミキサを発売。その重量はわずか約1 kg。放送用カメラへの接続も容易で、かつてない高い機動性をニュース収録現場に提供。


1983
複数のマイクロホンを使用する場合の設置に、指向性に基づくゲーティングを使用する、業界初の自動式の高品位ミキサ・システムである、オートマチック・マイクロホン・システム(AMS)を発売。


1983
メキシコのアグア・プリエタに、フォノ・カートリッジを生産する製造工場を開設。


1984
業界初の単一指向性バウンダリ・エフェクト・マイクロホン、SM91を発売。

 

1984
メキシコのワレスに、ワイヤード・マイクロホンを生産する製造工場を開設。

 

1985
特許取得済みのホーム・シアター・サウンド・システム、HTS5000を発売。トップ・クラスの最先端デコーダの搭載により、革命的なサラウンド・サウンド機能を提供。


1989
Beta 58/Beta 57マイクロホンを発売。そのスーパーカーディオイド指向特性と高出力レベルにより、ハウリングを抑えた、かつてない高ゲインをコンサート・ステージ上で実現。(BETA57, BETA58、右図)


1989
約5,500平方メートルのマイクロホン製造施設の建設により、ワレス(メキシコ)における生産能力を拡大。


1990
Lシリーズの発売により、ワイヤレス・マイクロホン市場に参入。その後10年を待たずに、Shureはワイヤレス・マイクロホンの分野において他社を圧倒する、世界的リーダーとなる。


1991
ドイツのハイルブロンに事業所を開設。Shure Europe GmbHは、欧州34か国のShure流通センターに販売、サービス、サポートを提供。

 

1994
メキシコのアグア・プリエタに、約2,700平方メートルの敷地を持つ工場を建設。フォノ・カートリッジ、通話用マイクロホン、ヘッドウォーン・マイクロホン、トランスの生産量を拡大。


1995
Sidney N. Shureが93歳で死去。Rose L. Shureが取締役会長(Chairman of the Board of Directors)に就任。


1996
James Kogenが取締役社長兼最高経営責任者(President and Chief Executive Officer)を退任。 エンジニアリング事業部長(Vice President of Engineering)のSanto (Sandy) LaMantiaが、取締役社長兼CEO (President and CEO)に就任。


1996
Shure初のデジタル信号処理(DSP)製品である、DFR11EQデジタル・フィードバック・リデューサを発売。


1997
イリノイ州エバンストンにS. N. Shureテクノロジー・センターを開設し、4月25日を「S. N. Shure Day」と宣言。同センター外のブランメル・プレース(Brummel Place)の一部の名称が、シュア・ドライブ(Shure Drive)に変更される。


1997
PSM 600ステレオ・パーソナル・モニター・システムが、その発売から間もなく、急成長を続ける「インイヤ」モニタリング・システム市場での圧倒的なシェアを獲得。  (PSM、右図)


1999
プロ仕様のレコーディング向けのKSM32スタジオ・コンデンサ・マイクロホンが、その発売から間もなく高い評価を獲得し、「Tonight Show」の司会を務めるJay Leno氏のデスクに登場。


1999
正式に、Shure Brothers IncorporatedからShure Incorporatedへと社名を変更。


1999
香港にShure Asia Limitedを開設。アジアおよび環太平洋地域に広がる流通センター/販売代理店にサービスを提供。

 

2000
創業75周年を迎える。

 

2001
創業75周年の祝賀記念の一環としてWinter NAMMで開催された「Shure Anniversary Concert」に、伝説的ヘビー・メタル・バンドであるSpinal Tapatがメイン・アーティストとして出演。


2002
企業指針として聴覚保護を採用し、Shure Bid for Hearingプログラムを設立。


2002
Shure Europe GmbHの子会社として、Shure Distribution GmbHを設立。同社は、ドイツ国内におけるShure取扱店との直接販売を取り扱う。

 

2003
英国での古くからの提携がある流通センター、HW Internationalを買収。その社名をShure Distribution UKに変更。

 

2003
National Academy of the Recording Arts and Sciences(r)主催の、2003年テクニカル・グラミー賞(2003 Technical GRAMMY)を受賞。同賞は、レコーディング業界に大きな貢献を果たした個人/企業に向けてRecording Academyから贈られる。

2003
イリノイ州エバンストンでの47年間を経て、新本社をイリノイ州ナイルズに移転。

 

2004
一般ユーザー向けのEシリーズ・イヤホンの発売に成功。さらに、一般ユーザーのエレクトロニクス市場を重点的に取り扱う一般用製品部門を設立。 (SE530、右図)

 

2005
中国に2つの新施設を開設。 最先端の技術を駆使した製造施設を宿州に置き、販売/マーケティング事業所を上海に置く。

 

2006

遮音とノイズ・キャンセルに新たなスタンダードを打ち立てるE500高遮音性イヤホンの発売により、パーソナル・リスニングにおける新機軸を開拓。E500は業界初の「Push-To-Hear」アクセサリを付属し、完全な遮音環境と周囲の音を聞き取る環境の自由な切り替えを実現。

 

2006

UHF-Rワイヤレス・システムを発売。最も要求の厳しい、大規模なワイヤレス用途のニーズに応える、選択可能な2,400チャンネル、アドバンスド・トラック・チューニング・フィルタ・テクノロジー、オーディオ・リファレンス・コンパンディング回路を搭載。 (UHF-R、右図)

 

2006

業界初のコンデンサ型プレミアム・ハンドヘルド・マイクロホン、KSM9を発売。カーディオイド/スーパーカーディオイドの指向特性の切り替え機能を搭載し、スタジオ・クオリティ・サウンドをライブ・パフォーマンスに提供。




Release 38